失敗を宿命づけられているからこそ

 UFO

とある会社との共同事業になるかもしれない企画を苦しみながら書いている。
今度は、想いだけを優先するのではなく、経験も踏まえて進めたいと考えている。
それ故に苦しんでいる。

この間、こんなことを考えた。

「これまでやってきたことで100%の成功ってあっただろうか?」

もちろん、ない。100%成功となれば、これ以上することがなくなるわけで、つまりは可能性の限界についてしまったということ。それは死=追い越せない可能性だ。

これを逆見れば、いつも僕らは「失敗」しているし、失敗を宿命づけられている。

とすれば、「成功できるか」をビビる必要はない。失敗しかないのだから。
ただ、失敗を可能性をできるかどうかにこそ神経を注ぐべきだと。

可能性をどれくらい企画に込めることができるか?
たとえ失敗が宿命づけられているとして、可能性がある限り、未来へ歩いていける。

変な開き直りで、整理もされていない考えだけど、最近はそんな風に考えている。
もうちょっと整理しないとな。

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