ロング・グッドバイ


村上春樹が新訳をして、随分前に評判になったレイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」を読んでいる。

二十歳のころにいきがって読んだのだけど、訳のせいではなく、フィリップ・マーロウの煮え切らなさの「味」が良く分からなかった。しばらくバーかなんかでギムレットを飲んだりしたくらいだったし、うまいとも思わなかった。

なんで20年もたってから、ふと手に取ったか?
良く分からないのだけど、あの頃、分からなかったことを急に色々と深く心に届くことが増えたからかもしれない。

藤原新也のデビュー作の「印度放浪」が十数年余りたってから文庫版になった時、新しいまえがきがついた。印度放浪の頃の藤原新也は20代半ば。文庫版の時が40歳。

印度に行った理由は当時は自分でも分からなかったのに、40歳になった藤原は、あっさりと語っている。(悟っている。)

僕自身も、なぜ会社を飛び出したのか?の本当の理由が藤原新也のまえがきで胸に落ちた。
つまり、いろんな事が本当に胸に落ちてきているのだ。

ロング・グッドバイ(やはり名作だ!)を読みながら、そんなことも思っている。

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