2013年はPlanUKには未来への大きな一歩になる。でも僕には別れの始まりだろうな。

イオンモールの帰り道。  2013.12.28

3月の韓国視察までは、忙しいけどのんびりしていた。現場のみんなに任せれば大丈夫。
合間に自分の時間をつくろう。そんな始まりだった。3月以降、なにもかも一変した。そして打った手は12/29のエントリーで記録したとおりだ。

3月からひた走った2013年。なにが変わり、なにが始まったのかをメモしておきたい。

まず自身が最前線を任せていくことに努めた。しかし始めるやいなや人員や組織体制の不足は想定していた。だから新人採用を強めるため関係性を作れる学校を訪問した。それでも「即戦力」は求めなかった。時間がかかったり、失敗しても自主路線はやめたくなかった。僕らの業界は、技術の動向の足の早さと人や組織の育成の時間を一緒にしすぎる。

違う時間軸だと思っているし、その差異をどう埋めるかが、僕の新しい仕事になってきた。
そちらへの時間が急速に増えてきた。

この1〜2年で採用した若手たちが急速に現場を担ってくれるようになってきた。
新サービスも開発してくれた。モバイル系は彼らが主軸になっていくだろう。
まわりのベテラン達は不安そうだが、彼らが活躍できるように指導や支えてくれるようになってきた。

段々と世代連携や僕抜きで会社カルチャーが育ってきたように思う。たった一年だからまだまだ希薄なんだけど。それでも時間がかかっても、自分たちで作っていくものは、簡単には崩れない。と思う。踏ん張る力になり得ると思う。

僕の考える会社カルチャーとは、行き詰まった時の拠り所になれるものだ。

今年はあえて避けてきた会社イベントも模索していった。
企業対応駅伝出場や季節の懇親会など。エモーショナルな思い出を共有できる環境づくりに腐心した。

みんな元気に走り切った。、怪我もなく。 駅伝はなんがいいもんだ! 頂いたタスキが力になった!

そして、ささいな一歩だけど、自主的な研修会をやることができた。
教材作りから、研修方法、その後の改善検討までを成功させることができた。
本当にささいな一歩だけど、ここまでは来ることができたと感慨深かった。
この辺は奥さんの協力なしには全く実現できなかった。

一枚岩でなくていい。個々が多様なままに合意と思いやりを大切にして、未来へ進んで欲しい。
そんな組織=PlanUKになってほしい。

今、僕の役割はPlanUKが僕から離れていくようにすることなのだと思うと、寂しい気持ちにもなる。だけど、その時は、また1自営業者に戻ればいいと、最近は思ってる。

2013年最終日に記す。

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2013年はPlanUKには未来への大きな一歩になる。でも僕には別れの始まりだろうな。

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